大判例

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東京地方裁判所 昭和26年(行)61号 判決

原告 丸木健二

被告 国

一、主  文

原告が日本国籍を有しないことを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決を求め、その請求の原因として、原告は日本人丸本政太郎を父とし同キヨウを母として大正五年五月一日アメリカ合衆国カリフオルニヤ州ヴヱンチユーラ郡オクスナード市道路郵出街百四十番において出生し、日本の国籍と同時にアメリカ合衆国の国籍を取得したが、昭和二年十一月十二日日本国籍離脱をなして日本国籍を喪失した。原告は昭和十二年六月カリフオルニヤ大学卒業後、医学を勉強すべく日本に渡来し、同十三年四月東京慈恵医科大学予科に入学し、同十七年九月同大学医学部を卒業した。ところで、当時既に日支事変は太平洋戦争に進展してをつたため日本国内の情勢は米国人に対し幾多の圧迫を加えるに至り、原告が右大学を卒業後直に、同年十月三日医師免許書下附申請書を提出したにも拘らず、厚生省は原告に対し原告が日本国籍を有しないからとて、医師免許証の下附を拒むに至つた。原告は厚生省に対して、単に日本国籍を有しないという理由だけで医師免許証を下附しないということは不当であると抗議したが厚生省においてはこの大戦中に米国国籍を放棄しないことは不都合である。日本国籍を回復しないかぎり免許証は下附しないと頑として応じなかつた。原告はさなきだに日本国籍を有しないために社会的圧迫と官憲の監視によつて精神的脅迫を感じつゝあつたのに加えて、生活上も医師として立つ以外に途がないのに免許証が下附されないので、全く絶対絶命の境地に追い込まれるに至つた結果、真に日本国籍を回復する意思がなかつたが医師免許証を得るには国籍を回復するより他に途がないので遂に昭和十八年四月七日国籍回復許可願を提出し、同十八年九月十日、内務大臣の許可により日本国籍を回復し、同年十二月三日漸く医師免許証の下附を受けた。原告のなした右国籍回復許可願の意思表示はこのように急迫な状態においてなされたもので真意がなく無効のものであるから、右申請にもとづいてなされた内務大臣の許可もまた無効であつて原告は日本国籍を有しないのである。よつて原告が日本国籍を有しないことの確認を求めるため本訴に及んだ。

仮りに右意思表示が無効でないとするならば、原告がなした日本国籍回復許可願は、原告が日本官憲並びに厚生省当局者の強迫によつてなした意思表示であるから、原告は本訴において被告国に対し右意思表示の取消をなし、右取消の意思表示は昭和二十六年十月十八日被告国に到達したから、右取消にもとずき原告が日本国籍を有しないことの確認を求めると述べた。(立証省略)

被告指定代理人は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、原告主張の事実中、原告がその主張のとおり、アメリカ合衆国において出生し日米両国籍を取得し、後日本国籍を離脱したこと、医師免許証下附申請をしたこと及び日本国籍を回復し、医師免許証の下附を受けたことは認めるが、厚生省が原告に対し日本国籍を有しないというので差別的に取扱い、この大戦中に米国籍を放棄しないことは不都合であつて日本国籍を回復しなければ医師免許証は下附しないといつたこと及び強迫の事実は否認する。その他の事実は不知であると述べた。(立証省略)

三、理  由

原告が大正五年五月一日アメリカ合衆国カリフオルニヤ州において日本人丸本政太郎同丸本キヨウとの間に出生し、出生により日米両国籍を取得したこと、昭和二年十一月十二日日本国籍を離脱し、同十八年四月七日日本国籍回復許可願をなし、同年九月十日内務大臣の許可により日本国籍を回復したこと及び同年十二月三日医師免許証の下附を受けたことはいずれも当事者間に争がない。

そこで原告の右国籍回復が原告の真意にもとづかないでなされた無効のものであるかどうかについて判断する。

成立に争ない甲第二、四、五号証の各記載、証人林桂(第一、二回)同安達昇の各証言及び原告本人の供述を綜合すれば、原告は昭和十三年日本において医学を勉強するため、日本において余生を送る目的で渡日する両親と同道して日本に渡来した。而して同年四月東京慈恵医科大学予科に入学し、同十七年九月同大学を卒業したので、同年十月三日級友等と共に厚生省に対し医師免許証下附を申請した。ところが原告に対してのみ同十八年四月に至るも右免許証は下附されなかつた。その下附されない理由は原告が日本国籍を有しないからであるとのことであつたので、原告は再三その不当を厚生省に抗議したが、当時の厚生省当局者は敵国人には医師免許証は絶対にやれないという強い意向であつて、原告は同省医務局免許係官からその旨を厳しく伝えられた。原告は渡日の際米国における自分の財産の管理を二人の兄に依頼してきたが、この二人の兄は日本で生れたために米国の市民権を有しないので、原告は米国の市民権を失うことなくアメリカに帰りたいとの希望であつたが、原告が右大学卒業当時の状況はもはや米国に渡航することが不可能となつていた。その上米国の兄からの送金も途絶え、原告並びに両親が渡日の際持参した財産はすでに費消してしまつたので、原告は自分の力で収入の途を得なければならなくなつていた。然るに原告は医師免許証が下附されないためその唯一の生活の途である医業に従事することができず、加うるに戦況は次第に緊迫し、原告に対する敵国人としての扱は峻厳を極め、憲兵、警察官は絶えず原告の身辺を監視しているので他の職業に就くこともできない破目に立ち至り全くの窮境に陥つた。

原告はなおも熱心に厚生省に免許証下附を願つたが許される望みが全くなく、かくてはもはや自己の生命を守ることさえできなくなるので、遂に日本国籍を回復して医師の免許証を得て生活するより他に方法がないと考え、真に日本国籍を回復する意思はなかつたが昭和十八年四月七日国籍回復許可願を提出するに至り、同年九月十日内務大臣の許可によつて日本国籍を回復したことを認めることができ、この認定を左右するに足る証拠は存しない。

右認定の事実によれば、原告が昭和十八年四月七日なした国籍回復許可願は原告が前記認定のとおりの急迫な状態において真にその意思なくしてなした無効のものであることが認められ、したがつて、これにもとづいて同年九月十日なされた内務大臣の許可もまた無効であるといわなければならない。従つて爾余の判断をなすまでもなく、原告が日本国籍を有しないことは明かである。

よつて原告の本訴請求を認容し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 満田文彦 池野仁二 石渡満子)

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